独自の制作フロー“四宮シフト”とは?

動仕(動画・仕上げ)に出さない素材

最終的にその都度自身で描き足していくスタイルのワークフロー

本作の特徴として挙げられるのが、草木がゆらゆらと揺れるような表現で、いくつかの種類の揺らし方を取り入れています。例えば、アニメーションの1枚1枚を中割りした動画部分もあれば、モヤをオーバーラップさせて揺らしたり、After Effects上の撮影でコーナーピンを使って揺らしているものなどもあります。

ただ、一般的なアニメーション制作のフローでは、こういった複数の部署にまたがってしまうような画面を一律で管理するようなワークフローは作りづらいため、最終的にはその都度自分のところで足していく形を取っていました。

遠くの空に鳥が飛んでいるような部分に関しては、いわゆる動仕(動画・仕上げ)に出すと遠回りなフローになる気がしたため、CLIP STUDIO PAINT上で1枚1枚その場で描いてしまって、直接撮影素材として使うというフローにしています。雨や風、草などの表現も同様です。なので、そういった部分はほとんどが動仕には出していない素材になっています。もちろん、出したほうがよくなる場合もあるので、その辺りは使い分けですね。


中割りした動画、モヤのオーバーラップ、After Effectsの撮影処理など、さまざまな草木の揺らし方のテストピースとして、それらの表現をひとつに詰め込んだカット。




作画監督の浜口頌平さんが担当したカットの一例。レイアウトが来た段階で四宮監督自ら美術を描くことで、美術と作画の2系統に分かれる一般的なフローの複雑さを回避してる。







美術・作画のシームレスな繋がり

自然物と人間の見え方の差がどういう関係性にあるアニメーションなのか

キャラクターの輪郭線に関しては、背景の密度との差をつけるため、あえて薄くしています。例えば、工事現場用のアニマルガードをカオルが跨ぐカットなども、自然の見え方と人間の見え方の差がどういう関係性にあるアニメーションなのかを象徴的に表現したカットのひとつになります。

最近は撮影技術が発達しているため、パラやフレアで下のほうを暗くしたり、上から光を重ねたりもできます。ただ、今回はできるだけそういうことをせず、素材を撮って出しで見せることを意識していました。キャラクターと世界観を大きな画面で見せるとき、撮影処理を入れれば入れるほどキャラクターや画面が遠くにいってしまう印象があります。リアルにはなるし、世界観も補強されるんですが、「雰囲気はあるんだけど…」という画面になってしまう。色面によって画面を構成するというのが本作の重要な要素でもあり、演出意図を絵でしっかり伝えていくというのを考えていました。なので撮影で元の色が何だったか分からなくなってしまうような処理は入れず、昔のアナログアニメーションのような、塗った色をそのまま見せるような画面にしたいと思っていました。制作的にも手を入れられる時間は限られており、やれることは限定的でしたが、その分画面の隅々まで人間の手仕事で完結しているような強度が感じられる画面になったのではないかと思っています。こういった画面作りが本作の表現の基盤になっています。

また、このシーンでは奥の鉄の棒部分をBG(美術)で、手前の鉄の棒部分を作画でそれぞれ分けて描いています。これはカオルが跨ぐ振動で棒をわずかに動かしたかったからですが、こうした美術と作画のシームレスな繋がりが、渾然一体としたひとつの世界として見せるために大事なんですよね。美術ではあるけれど、どこかセルルックなものを残したり、明らかに手描きと分かる植物を合わせたり。そうした極端な距離感の差し引きで世界を作っていくことをやりたかったんだと思います。





「一見、この映画は密度の高い画面が多いと思われるかもしれませんが、むしろ僕のほうで行なっていたのは見せないところを消していくという作業でした。多くの場合、見せたいものの密度も足りないし、見せないところの密度が不必要に高いということが起こりがちです」と四宮監督。





アヌシー・アニメーション国際映画祭へのプレゼン用映像や、映画用パンフレットなどに使用されたカット。原画・動画・撮影など多くの作業を四宮監督自身がひとりで担当した。パンフレットの表紙などでも使用されている上のカットは実は本編では未使用のカットとなり、撮影会社に四宮監督の表現したい世界観を伝えるための参考用として監督が撮影したもの。






Vコンテで映画を設計する

自身の声とフリー音源を使い全ての台詞やSEを表現

企画書内のシナリオにOKが出た後、Vコンテを作りました。この企画自体がいろいろな制作会社を跨いでいることもあり、Vコンテの制作作業だけで約2年ほどかかっています。Vコンテは、「Storyboard  Pro」というソフトで作っており、自分の声とフリー音源を使ってセリフやSEなども入れた状態にしています。このソフトはアニメ現場の監督さんで使っている方が割と多く、紙のコンテにもそのまま出力ができ、秒数も出してくれるため、ストップウォッチで毎回測らずに済むのが便利です。Vコンテの動きを伝える絵ゴマは比較的多く描いており、原画さんに「どこで何の演技をしているか」を伝わりやすくするため、CLIP STUDIO PAINT上のタイムラインに僕の描いた絵ゴマを時間通りにはめて「このタイミングで作ってください」という指示とともに渡していました。この部分に関しては割と効率化されたフローになっていたと思います。

ただ、自分で声を入れてしまったことで、アフレコで俳優さんに演技をディレクションする際、自分の声の印象が逆に邪魔になってしまうこともあったり、SEを細かくつけ過ぎたせいでVコンテに変更を入れる際の手間が多くなり過ぎてしまった印象もあります。絵コンテで本編の絵を思い浮かべられるようにすることは重要ですが、それとは別にある程度の自由度も確保しておけると良かったかもしれないと今は少しだけ思っています。


Storyboard Proで作成された絵コンテ。




Storyboard Pro

描画、脚本作成・読み込み、カメラ操作、Vコンテ作成・編集、音声読み込み・録音機能など、コンテにまつわる機能を組み合わせたオールインワンのデジタル絵コンテ・ソリューション。




Vコンテ内の声は四宮監督自らが全てのセリフを担当。画面内の指示は見やすいようオレンジ色の文字で記載されている。Vコンテには、本編で未使用のカットも多数含まれている。







アナログで勝負した特殊映像

花火のシーン

人間の手では表現できない反転させた青の美しさに気づき、「あ、これはいける」と思った

花火が消えていくシーンに関しては、2024年に開催された「広島アニメーションシーズン」という映画祭の中で行われたワークショップで制作したものになっています。その際、50人ほどの参加者を募り、ふたつの素材をその場で作ってもらいました。

まず、大元となる花火が消えていくシーンの原画を、ワークショップまでに僕のほうで描きました。真っ白い画面に色とりどりの花火が降る絵ですね。ワークショップでやったことはとてもシンプルです。

ひとつはコピーした花火の原画の裏側に黒い紙が敷いてあり、針で花火部分に点々と穴をひたすら開けていく作業になります。

もうひとつは、花火の原画を画用紙にコピーし、赤系の絵の具を使って上から塗ってもらい、後から撮影ソフト上で色を反転させることで青色の花火を表現しています。なぜこういった手段を選んだのかというと、ひとつは背景をキーイングしなければならなかったため黒にしたかったことと、もうひとつは赤系の色を反転させたときの青色の幅が、人間の手では表現できない美しさがあることに気づいたことです。

オレンジ色や元の原画の色味が残って紫っぽい色などもあり、そういった色が反転すると右ページの画像のようになります。50人がそれぞれ描いているのでムラがありますが、火薬の爆発のエネルギー感を表現するにはうってつけで、これは人間の手で普通に描いても描けないものができたと思っています。このふたつの素材を合成することによって、最後の花火が消えていくシーンができています。


ひろしまアニメーションシーズン2024にて、開催されたワークショップで配られた資料。




Before(原画)




After







WSでの制作物①:針を使っての花火原画制作




コピーした原画の裏側に黒い紙を敷き、花火部分に対して針で穴を開けていくことで、下のような画像になる。







WSでの制作物②:絵の具を使って花火原画制作




赤系の絵の具で花火部分に上塗りをし、色を反転させることで、人間の手では表現できないような青色の美しさを作り出している。







特殊映像の制作

花火に関してはCGは1枚もなく、全て手描きかアナログで撮影しているものになります。昔のディズニーに『ファンタジア』という映画があって、今では絶対にできないようなエフェクト表現をしていて、そういうものを一部再現してみたいという想いもありました。花火はカットごとに鋤柄さんと話し合いながらいろいろな表現の素材をオーダーし制作してもらいました。それでも足りなくなってくると、家に帰った時に部屋を暗くして扇風機を置き、そこに光を当てて扇風機の十字のきれいな放射状のところに残る光を撮影してみたり。素材を作ったりもしました。





激しい光の表現部分は、特殊映像の鋤柄真希子(SUKIMAKI ANIMATION)さんが担当。「アナログのカメラで本当に撮影しているので、そのときに一部強い光を入れてくださいとお願いしました。フルコマで動いているため、リッチな画面になったと思います」と四宮監督。






水中のシーン

キャラクターのボケ感を含め想像以上のシーンに仕上がった

水中シーンは僕が原画を描いています。大元の原画はクリスタで作画しており、キャラや水の色も塗りました。その素材を印刷した上で、さらに鋤柄さんにジェルなどを使い、一枚一枚手仕事で仕上げていってもらい、鋤柄さんのマルチプレーンカメラで撮影してもらっています。水中の1カット目はデジタルで作成した通常の2Dアニメと鋤柄さんに撮影してもらったアナログ撮影素材をオーバーラップさせています。光そのものが持つきれいさをAfter Effectsだけで表現するのはなかなか難しく、やはり本物のカメラで撮っている光の自然なボケ感や柔らかさには感動しました。水面の表現は、素材を切り抜いてもらったり、光が透過する仕組みにしてもらい、撮影しています。想像を上回る出来栄えのシーンになったため、もっと長く作っても良かったですね。


四宮監督の作画にセルを重ね、透明なジェルを使った半立体の素材を上から乗せて撮影することで、立体的な泡を表現した。






四宮監督の原画(上)をもとに、鋤柄さんが制作した初期段階のカット(下)。「粒の表現などをAfter Effectsでシミュレートしているものだと、どうしても見たことのある画面になってしまい、幅が出ないんです。本作では水中の表現も本物のカメラでボケをつけてもらい、アナログ表現を残しているため本当にきれいに仕上がりました」 と四宮監督。



宇宙のシーン

アナログで作った素材を撮影することで画面上から伝わる情報量は変わってくる

「シュハリ」の謎が解け、部屋の中がぐわっと宇宙に切り替わるというシーンがあります。このシーンは、先に原画がないことにはパースが決められないため、制作初期の頃に僕が原画を描いてしまって、鋤柄さんに「この絵でパースを合わせてください」という指示とともにお渡しし、宇宙の素材を作ってもらいました。最終的には、もちろんアニメーションの撮影の方にも入ってもらい、馴染ませたり、色を調整したりなど、いろいろな人の手を挟んで完成したシーンになっています。

宇宙のシーンは、アナログで作った素材を撮影している強さがあり、似たような存在感をデジタル上で作ることもできなくはないですが、やはり画面上から伝わる情報量がだいぶ変わってくるんじゃないかなと感じました。








日仏共同制作のストップモーション表現

映像が上がってきた際の面白さが自分の頭の中にはないものだった

千太郎が酔っ払うシーンでは、クレイアニメーションによるストップモーション表現を試みています。当初は、CGか何かでMinecraftのような雰囲気にするか、本物のクレイアニメーションにするかを迷っていたんですが、より物質感のあるアナログ感を強調できるクレイ表現のほうが作品的に面白くなりそうだなと思って選びました。

本シーンを作ってくれたのは、Miyu Productionsを通して紹介してもらった、ヴィクトル・アジュランさんというフランスのストップモーション作家です。

本作が「日仏共同制作」という表現をしているのは、まさにこのシーンがあるからです。ヴィクトルさんはフランスの方なので、日本語で作られた物語を深く理解しにくい部分もあり、人形の手の動きなども日本人らしくないジェスチャーになっています。ただ、映像が上がってきたときの面白さが僕の頭の中にはないものだったので、その発想が出てくることを大事にしたいと思い、できるだけ本編にも残すようにしました。

制作にあたり、オンライン上だけで説明するのは難しく、「目の前にいたら簡単に伝わることなのに」という場面がたくさんありました。例えば、「カメラがパンする」と一言伝えても、実写だと「ティルト」や「ドリー」だったりして、フランス、日本の映像表現に関わる用語や、お互いの技術に対する理解度などから行き違いがあった記憶があります。

ストップモーションでテイクを重ねるのは本当に大変で、時間も使うし、どこかで妥協をしなければいけないので、「ここだけは大事にしたい」という判断が重要でした。特に、実写からアニメに切り替わる部分だけは、きれいに切り替えなければカット自体が成立しなくなるので、とても大事にしましたね。



マケット(ミニチュア模型)




千太郎がグラスを持ち上げるシーン。ストップモーションの実写から2Dのアニメーションへとシームレスに切り替わる。実写における千太郎の手は、ヴィクトルさん本人の手である。





基本的にマケットの写真を撮影したものを配置してレイアウトを決めているため、アニメ風の絵にはなっているものの、どこかリアルさが残るように仕上がっている。



キャラクターの人形




フランスにはホンドタヌキが生息していないため、現地スタッフへの説明にかなり苦労したと四宮監督は語る。背景とタヌキの素材はそれぞれ別々に撮影し、後から合成している。





飛沫の表現は、本物のクレイにするとどうしてもアニメのサイズ感と合わず可愛らしい水滴になったが、表現として成立していたため採用された。






美術におけるパースの「嘘」が生む面白さ



パースに嘘をつくことこそが日本のアニメーションの面白み

帯刀家には、実は3Dモデルが存在していて、3Dモデルを使っている画面と使っていない画面とが混在しています。というのも、パースがきっちりと合っていればよいというものでもなくて、帯刀家の経年変化、つまりガタついた家のようなものを表現するには、モデルの正確さがあるとどうしても硬いものになってしまうんです。3Dモデルを使うにしても1カット、1カット調整が必要になり、柱を少し曲げてみたり、内側にすぼませてみたりなど、調整をしなければなかなか絵として決まらない部分があり、その点に関してはかなり気を配りました。

例えば、カオルがベランダにしゃがんでいるシーンでは、造成地の消失点はひとつですよね。でも、ベランダの消失点は全く違うところにある。この画面のパースを整えることは簡単ですが、あえて崩すことによって演出的な意図を伝えるということが大事なんです。

このシーンの場合、ソーラーパネルも見せなければいけないし、ベランダの柵の中にすぼまっているような状況を説明するのにパースがひとつであるというのはすごく窮屈だし、面白みがない。「パースに嘘をつく」ということが、日本のアニメの面白さだったりもするのではないでしょうか。

例えば、望遠レンズで見たように描く部分と広角レンズで描く部分とを混在させ、「ここの部分は面白くして、ここの部分はあえて描かない」といった調整ができてくると、パースの「嘘」によるアニメの面白さがすごく出てきます。本作においては、すべてのカットでそういった部分に納得できたわけではないのですが、ある程度成立させられたのかなと感じています。





3Dモデルを使用した帯刀家のカット。パース感が合いすぎていると硬い印象になってしまうため、柱をあえて曲げたり内側にすぼませるなど、画として見せるための細部にわたる調整が施されている。



 さまざまな背景美術




アナログで描かれた背景を元に、デジタル上で色などの調整を行なっている。右画像は森部分を拡大したもの。随所にオリジナルのアナログ表現が残っていることが見てとれる。「植物は細かく描けば描くほどニュアンスが逃げていく感じがするので、相対としての植物の雰囲気を大事にしました」と四宮監督。





美術やキャラクターの塗りができてから、最後に四宮監督が色を調整。一般的には色彩設計と美術監督が別のワークフローになる場合が多いが、同じ人物が担当することで画面に統一感を出すことができる。





東京のシーンの背景は、美術監督の馬島亮子さんが担当。絶えず無機質の壁を映すことで、田舎の雰囲気とはあえてはっきりと描き分けている。






手仕事と即興性が残す温度感

ロストテクノロジーになってしまった部分の良さを復活させられないか

今のアニメーターさんにレイアウトの価値を見出してもらうことがなかなか難しく、キャラが泣いたり怒ったりするシーンや、アクションシーンを描きたがる方のほうがどうしても多いんですよね。もう少しレイアウトを切ること自体の面白さのようなものが伝わってくれれば、これからのアニメーションにもいろいろな方向性がまだ生まれていくんじゃないかなと考えています。

本作では、そういった「ある種のロストテクノロジーになってしまった部分の良さを復活させられないだろうか?」と思って作っている画面がいくつかあり、昔良かったと感じたような部分を大切にしたアニメなのかなと思っています。その上で、風景や職人さんを題材として扱っている作品なので、人間の手仕事のようなものを大事にしなければ、作品としてのコンセプトが弱くなってしまうなという気持ちもありました。

僕はもう若いと言える年齢ではないですが、昨日今日アニメを始めたような人たちがSNSに上げている自主制作には、拙さはあるけれど目に刺さってくるような映像が本当にたくさんあるんです。「その良さって何なんだろう?」とずっと考えていて。映画的ということとは少し違っていて、本当にやりたい部分だけを一生懸命頑張って、うまくいかない部分は放置されているくらいの温度感なんです。その画面のバランス自体が、そもそもアニメーションをやる喜びみたいなもので、整っている画面とは別に感動する要素があるんだろうなと思うんですよね。拙さ自体も魅力のひとつとしてとても重要な意味を持ちます。そういったある種の即興性や拙さも含めた表現を僕があえて狙うことはできないですが、今手にしている技術を持って必死で描いた上でまだ伸び代が僕に残っているのだとすれば、その部分に面白さが残るんだろうなと。それをなんとか画面に残すための工夫を今後もしていきたいですね。